平井動物病院|東京都江戸川区|犬・猫

平井動物病院は、的確な診断と過不足のない治療を信条とし、費用を抑えながら質の高い医療を提供いたします。

【コラム】抗菌薬について

今回は抗菌薬についての話です。

 

用語について

「抗菌薬」と「抗生物質」は同じものと考えていただいて差し支えはありません。今回の話では「抗菌薬」のほうが正確な表現となりますのでこちらで統一いたします。

 

抗菌薬の作用

抗菌薬は細菌の増殖を抑える薬です。ウイルスには効果がありません。また、一つの抗菌薬が全ての細菌に効くわけでもありません。それぞれの細菌に対して効きやすい薬と効きにくい薬があります。

 

どんな時に抗菌薬を使用するか

「細菌感染がある」「細菌感染が強く疑われる」「手術前後に感染を予防したい」などの場合に抗菌薬を使用します。

実際には細菌感染の有無が不明な場合が多々あるのですが、強く疑われる場合以外は極力使わないようにすることが重要です。

 

細菌感染の診断

細菌感染は、細菌と白血球を顕微鏡で確認することによって診断します。細菌の種類もある程度は判別可能です。詳しく調べるためには、培養同定および薬剤感受性検査が必要となります。

なお、検体採取自体が簡単ではない場合もあります(肺炎、中耳炎など)。そのような場合は感染を直接的に確認できませんので、他の検査も含めた総合的な診断の下に治療することになります。

 

薬剤感受性検査について

培養同定および薬剤感受性検査は、菌種を同定し、どの抗菌薬が効くかを調べるために行います。時間と費用が掛かりますので、最初から必ず行うとは限りません。「治療が長引きそう」「命に関わりそう」「感染を繰り返している」「耐性菌の可能性が高そう」などの場合は、感受性検査を行うことが強く推奨されます。

 

抗菌薬の選択

抗菌薬を使用する場合の薬の選択基準は、「感染細菌に効くかどうか」「目的とする臓器に行き渡るかどうか」です。

前者に関しては、理想的には薬剤感受性検査を行うことが望ましいです。検査を行わない場合は、経験的な判断によって効きそうな薬を選択することになります。

後者に関してですが、投与された薬の各臓器への分布は薬によって異なります。目的の臓器に行き渡らなければ効果を発揮しません。例えば、肺や前立腺に行き渡る薬は限定されます。また、薬の排泄経路(胆汁、尿など)も重要となります。

菌種や感受性がはっきりしない場合は、比較的広域に効く薬を選択することになります。ただし、重要な薬は切り札として温存しなければいけませんし、なるべく狭域に効く薬を選択する努力はするべきでしょう。

 

問題視される抗菌薬

獣医療でよく問題視される抗菌薬としては「ニューキノロン」「セフォベシン(コンべニア、セフォベクリア)」などが挙げられます。

・ニューキノロンについて
ニューキノロンは、「動物用の薬が多数存在」「1日1回投与でOK」「比較的どの菌にも有効」「比較的どの臓器の感染でも使用可能」「胃腸障害が生じにくい」などの特長があるため、長きにわたって乱用されてきました。耐性菌の割合はかなり増えてしまったようであり、個人的にもあまり効かない印象を持っております。
ニューキノロンは、緑膿菌に対して有効な数少ない薬のうちの一つです。これが耐性の場合、他はほぼ注射薬しかありませんので、治療が非常に困難となります。緑膿菌感染以外の状況ではなるべく使わず温存すべきであると言われています。
なお、ニューキノロンの点耳薬や点眼薬も多数存在しますが、当院では耐性化を懸念して一切使っておりません。内服や注射に関しても、なるべく使わないようにしております。

・セフォベシン(コンベニア、セフォベクリア)について
セフォベシンは、1回の皮下注射で2週間効果が持続するという非常に便利な薬です。当然のように乱用されております。
実際には、抗菌薬投与が2週間必要な状況というものは少ないです。本来は3~5日間でよいはずのところにセフォベシンを使うと2週間効き続けてしまうことになります。個人的には、どうしても抗菌薬が必要だけど投薬が困難な場合に限定して使用しております。
 

抗菌薬の副作用

抗菌薬の主な副作用は「下痢」「嘔吐」「腎障害」などです。これらが生じた場合は、薬の中止や変更を行います。

わかりにくい副作用としては、「ディスバイオーシス(腸内細菌叢の乱れ)」「常在菌の耐性化」などが挙げられます。これらは投薬終了後に元の状態に戻る場合もありますし、戻らない場合もあります。戻らなければ、その後長期にわたって健康に悪影響が生じる可能性があります。

また、耐性化した細菌が外界に拡散して伝播するという問題もあります。

 

ディスバイオーシス(腸内細菌叢の乱れ)とは

ディスバイオーシスは、腸内細菌の数、種類、バランスなどが乱れた状態のことです。腸の機能の悪化だけではなく全身への悪影響も生じてきます。

ディスバイオーシスの原因として、感染、炎症、食事、ストレスなどが挙げられますが、抗菌薬使用も主要な原因の一つとされています。

 

常在菌の耐性化とは

日常的に診る犬猫の細菌感染症は、外部から新たに移されるものよりも、「自分の常在菌(腸内、口腔内、皮膚など)が何らかの要因で別の臓器(膀胱、肺、胆管など)に移行し、増殖し、炎症を起こす」といったものが多いです。自分の常在菌が耐性化していると、その細菌が悪さを始めた場合に抗菌薬で抑えるのが非常に困難となります。

耐性化させないためには、「抗菌薬を使わないようにする、あるいは使うとしても短期間に留める」ということが重要です。一方で、過去一度も抗菌薬を使ったことがないのに耐性菌が検出される場合もあります。耐性菌は、親から受け継いだり、人・動物・環境中などから伝播されたりもします。自分だけの問題に留まりませんので、社会全体で対策を立てる必要があります。

 

耐性菌が増えるメカニズム

耐性菌はその都度生み出されるわけではなく、元々少数存在しています。抗菌薬を使用すると感受性菌が死んで耐性菌が生き残り、相対的に数が増え、これが続くことによって耐性菌が優勢となり、排除されなくなる、といったメカニズムです。

 

使う時はしっかり使う

抗菌薬使用に際しては、「必要がない時は使わず、必要な時はしっかりと使う」という心掛けが重要です。投与量を減らせば耐性菌が生じにくくなるかというと、そういうことはありません。むしろ中途半端に使うことによって感染は治らず、耐性菌も生じやすくなります。耐性を怖れて少なく飲ませたり途中でやめたりする方がいらっしゃいますが、自己判断は論外です。

当院では、必要な時のみ、最適な用量と投与期間で処方しております。必ず指示通りに飲ませてください。飲ませられなかったり副作用が生じたりした場合は薬を変更しますのでご連絡ください。

 

使い続けない

持続的な細菌感染には根本的な原因が存在する場合がほとんどです。一時的な抗菌薬使用で治らなければ、根本的な原因への対処(手術なども含む)や、抗菌薬以外の方法(サプリメント等)を考慮することが望ましいです。もしそれらが奏効しなかったとしても、抗菌薬は長くは使い続けないほうがよいでしょう。どうせ治りはしませんし、全身への影響や耐性菌の問題も出てきます。月単位や年単位で抗菌薬を使い続けている症例(鼻炎、外耳炎、膀胱炎、腸炎など)がたまに転院してきますが、私はすぐに中止するよう指示しております。

 

抗菌薬を使う必要のない疾患

抗菌薬がよく使われているけど本当は使う必要のない病気というものも存在します。

・猫の特発性膀胱炎
若い猫の膀胱炎は大半が無菌性ですので、基本的に抗菌薬は使ってはいけません。尿検査で細菌感染が確認され、且つ症状がある場合のみ抗菌薬を使います。これは個人的には常識だと思っているのですが、他院から転院してきた症例の治療経過を拝見すると、いまだに抗菌薬を安易に使っている病院が多いようです。

・下痢
少し前までは下痢に対して抗菌薬(メトロニダゾール、タイロシン、アモキシシリンなど)が安易に使われていましたが、近年は耐性菌やディスバイオーシスなどの懸念から使用は推奨されておりません。抗菌薬を使うと下痢が改善するという事例もあるにはあるのですが、そのような場合であっても使わないほうがよいです。ディスバイオーシスになって取り返しがつかなくなる可能性があります。

・膿皮症
昔は膿皮症に対して抗菌薬(セファレキシンなど)が第一選択の治療として行われていましたが、近年は外用療法(薬浴、消毒など)が第一選択として推奨されています(抗菌薬を使う場合もあります)。

・猫の慢性鼻炎
慢性鼻炎の原因が細菌感染であることはほぼありません。抗菌薬を使うと二次感染が軽減して症状が少し良くなる場合もありますが、やめるとすぐに再燃しますのできりがありませんし、使い続けていると耐性菌だらけになります。状態が悪い場合に短期的に使うのはよいでしょうけれども、使い続けることは推奨されません。

・ケンネルコフ
ケンネルコフは、仔犬によくみられる気道感染症です。ウイルスや細菌による感染症ではあるものの、軽症例では抗菌薬は必要ありません。発熱、元気消失、肺炎などがある場合に限って抗菌薬が必要となります。
教科書には昔からそのように書いてあるのですが、とはいっても仔犬が咳をしていたら怖いので私も以前は抗菌薬を使っていました。今は考え直して使わないようにしましたが、それで問題が生じたことは一度もありませんのでやはり必要なかったのだろうと思っております。

・手術時の予防的使用
例えば、腸の手術時の抗菌薬使用は当然許容されますが、避妊・去勢手術時の使用に関しては議論があります。当院では、現状では手術中に1回だけ使ってはいますが、それすら必要ないという意見もあります。少なくとも翌日以降に投与する必要はありませんし、セフォベシンなどは全くもって不要です。避妊・去勢後に抗菌薬を使用しない病院のほうが実は動物の健康を考えているということをご認識いただければと思います。
 

獣医療における抗菌薬使用の問題点

個人的には、獣医療における抗菌薬使用の半分以上は不要であると考えております。現状として以下のような問題があるような気がしております。

・獣医師の意識が高くない
「状態の悪い動物には念のため必ず抗菌薬を使う」「とりあえず抗菌薬を使っておいて悪いことはない」などの考え方の獣医師はたくさんいると思います。
個人的には、「動物の長期的な健康」および「社会への影響」を考慮して、「抗菌薬を使わない勇気」を獣医師が持つことが大事であると思っております。最初は怖いですが、慣れれば怖くなくなります。抗菌薬を使わない当院の治療成績が他院よりも劣っているのかというと、そうでもないような気がいたします。
「感染があるかどうか不明」「感染があったとしても細菌なのかウイルスなのか不明」「細菌感染があったとしてもどの臓器か不明」「菌種や抗菌薬感受性も不明」という状況で抗菌薬を適当に使っても、奏効する可能性は低いです。それなら使わないほうがマシだと思われます。
「発熱」「白血球が少し多い」などは使用の根拠にはなりません。ただし、発熱に加えて「鼻水」「下痢」「咳」「白血球著増または減少」「元気も食欲もない」などの状況であれば使ったほうがよいかもしれません。ケースバイケースです。
もしかしたら、若い世代の獣医師の意識は高いのかもしれません。ただ、雇われている立場では病院の方針に従わなければいけませんから、疑問を持ちながら抗菌薬を使っていたりするかもしれません。私も、昔勤めていた病院が下痢に必ず抗菌薬を使う病院でしたので、当時は指示されて使っておりました。そういうものです。

・動物病院はサービス業である
動物病院は医業ではなくサービス業であり、飼い主さんをお客様扱いする傾向があります。「安心のため」「飼い主様に寄り添うため」「薬を処方しないと納得してくれないため」などの理由による抗菌薬の処方がまかり通っております。
個人的な偏見としては、飼い主さんに寄り添う評判の良い病院ほど抗菌薬を多用する傾向があるような気がしております。病院でお客様扱いされて薬をたくさん処方されて幸せなのかということを考えてみてください。

・動物薬は抗菌薬が入った合剤が多い
外用薬(特に耳用)に関しては、抗菌薬とステロイドの合剤が多いです。抗菌薬が入っていないものを使おうとすると、人用の薬を適応外使用するなどの工夫をしなければいけません。これは面倒ですし、神経質な方相手だとトラブルの元にもなりますので、耐性菌に対する意識がなければふつうはやりません(当院ではやっております)。

・獣医師の勉強不足、中途半端な勉強
私も含めて、獣医師は感染症に関して勉強不足という問題があります。獣医師全員が専門的な知識を持つことは難しいですし、私も詳しいわけではありませんが、少なくとも不要な抗菌薬を使わない努力をするだけでも良い方向に進むのではないかと思われます。
中途半端な勉強というものはまた厄介で、「自分は抗菌薬に詳しく、様々な抗菌薬を使いこなして感染症を治せる」という間違った自信を持って抗菌薬を乱用する獣医師もたまにみかけます。そのような獣医師のいる病院には行かないことです。
 

未来の予測について

今後抗菌薬が効かなくなっていき、2050年には耐性菌による死者数が癌による死者数を上回るという予測が発表されています。この未来は大きくは変えられないでしょう。感染症で死亡する人も動物も増えていくものと考えられます。

 

耐性菌対策について

耐性菌の問題は環境問題と通ずるものがあると思われます。目先のことや個人の利益だけではなく、長期的かつ広い視野で考えなければいけません。

環境問題においては、個人の利益と社会の利益が相反するという社会的ジレンマがあります。耐性菌の問題も概ね同じかもしれませんが、少し異なる部分もあると思います。抗菌薬使用が個人に利益だけをもたらすかというと、そうではなく、ここまで述べてきたように不利益(常在菌耐性化、ディスバイオーシスなど)ももたらします。むしろ、不要な状況での使用は不利益だけをもたらします。ですから、抗菌薬の適正使用(必要な状況に限定して使用)は、個人と社会の両方に利益をもたらすのではないでしょうか。

外部からの耐性菌の伝播は防げない部分もありますが、抗菌薬をなるべく使わないことで、自分自身と動物の身を守ることに多少なりともつながるのではないかと思います。

獣医師としては、社会への影響など大層なことを考えなくても、目の前の動物の長期的な健康だけを考えればよいのであって、いずれにしてもやることに変わりはありません。

 

飼い主さんにできる対策

飼い主さんにできることは、「病気にならないように健康管理をする」「病院を選ぶ」「むやみに抗菌薬を要望しない」といったところでしょうか。

抗菌薬が本当に必要な状況もありますから、使うのが悪というわけではありません。抗菌薬が必要かどうかを判断するのは飼い主さんではなく獣医師ですから、正しい診断と治療をしてくれる病院を選ぶことが最も重要であると思われます。

 

※当院では電話相談は受け付けておりません。業務に支障をきたしますのでご遠慮ください。

2025年11月21日 19:27
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