【病気解説】猫の糖尿病
今回は猫の糖尿病について解説いたします。犬の糖尿病についてはこちらをご覧ください。
猫の糖尿病の病態
「インスリンが分泌されなくなる」または「インスリンの効きが悪くなる」ことによって血液中の糖を細胞内に取り込めなくなり、血糖値が高くなります。
血糖値が高い状態が続くことによって「多尿」が生じます(結果的に「多飲」「脱水」も生じます)。また、細胞がエネルギー源として糖を利用できなくなることによって脂肪や筋肉が分解され、「削痩」「ケトアシドーシス」などが生じます。
猫の糖尿病の症状
猫の糖尿病では「多飲多尿」「食欲亢進」「削痩」「歩様異常」などの症状がみられます。発症初期は元気なのですが、病状が進行して重度の脱水やケトアシドーシスになると「元気消失」「食欲低下」「嘔吐」「昏睡」などの症状がみられるようになります。
最も重要な症状は多飲多尿です。食欲は必ず増えるとは限りませんし、体重減少も初期に気付くのは難しいでしょう。
多飲多尿に気付いたら、早めに動物病院を受診してください。元気だから様子を見ていいんじゃないかと思いたくなる気持ちはわかるのですが、様子を見ているとある時点でガタッと状態が悪くなって生命の危機に瀕することになります。
糖尿病と慢性腎臓病の違い
多飲多尿という症状は慢性腎臓病でもみられます。慢性腎臓病では食欲は増加せず、多飲多尿も長期間かけて徐々に進行します。一方で、糖尿病は症状の進行がもっと速く、短い期間で急激に症状が出る傾向があります。来院した飼い主さんに伺うと、数週間前から急に飲水量が増えたと言われることが多いです。ある時点を境に急激に飲水量や食欲が増えたという場合は、慢性腎臓病よりも糖尿病の可能性のほうが高いでしょう。慢性腎臓病の治療が1ヶ月遅れてもどうということはないですが、糖尿病の治療が1ヶ月遅れると大変なことになるかもしれません。
多飲多尿という症状は病気が関わっている場合が多いです。症状に気付いたら、元気や食欲があったとしてもとりあえず動物病院を受診して血液検査だけでも行ってもらってください。あるいは、糖尿病だけ考えるのであれば尿検査でも検出することができます。
糖尿病になりやすい猫
「肥満の猫」「慢性膵炎の猫」は糖尿病になりやすいとされています。
慢性膵炎は事前に診断されていないことがほとんどであり、糖尿病発症時に各種検査所見から慢性膵炎との関連性が疑われるといった事例が多いです。
肥満ではない猫も糖尿病になりますし、膵炎もなさそうで原因がはっきりしない場合もよくあります。
猫の糖尿病の予後
人の糖尿病では合併症(腎臓、網膜、血管など)が命に関わってくるようですが、猫の糖尿病ではそのような合併症は生じません。血糖値を完璧にコントロールする必要もありません。ある程度コントロールできていれば重篤な合併症なしで生きていくことができます。
個人的には、治療する価値のある病気であると考えておりますし、必ず治療を勧めております。
なお、基本的には生涯の治療が必要となりますが、治る猫も一定数います。治れば治療は必要なくなります(後述)。
猫の糖尿病の治療
猫の糖尿病治療の基本はインスリン注射です。家で1日2回皮下注射を行っていただきます。正確な液量を吸引して皮下に注射するというのは難しいですが、慣れていただくしかありません。
注射以外の治療法として「センベルゴ」という薬の内服を行う方法もありますが、適応症例は限られます(後述)。
食事に関しては糖尿病用の療法食が望ましいですが、必須というわけではありません(後述)。
なお、初期治療の内容はその時の状態によって変わってきます。元気や食欲があって高血糖以外の異常がみられない場合は、最初から通院治療(インスリンを家で注射)を行います。「元気や食欲がない」「高血糖以外の異常(脱水、電解質異常など)がみられる」などの場合は入院が必要となります。最初の状態によって入院治療を行うかどうかが変わってきますので、なるべく早く元気なうちに動物病院を受診してください。
初期の入院治療について
糖尿病になっている上に「元気消失」「食欲低下」「嘔吐」などの症状がみられる場合は「ケトアシドーシス」という瀕死の状態の可能性が高いです。そのような場合は、インスリンだけではなく輸液が必須となります。インスリン注射だけを行うと電解質異常で即死しますので、通院治療は不可能です。24時間管理が必要であり、治療は大変で費用も高額になります(当院では15~35万円程度)。
状態が改善したら退院し、家でのインスリン注射に移行します。
なお、「ケトアシドーシス」に加えて「肝リピドーシス」を併発している場合もあります。そのような場合は、輸液とインスリン注射だけでなく「経鼻カテーテル」「食道カテーテル」などを留置して給餌する必要もあります。ここまでの状態になると、治療は非常に大変で回復までの時間もかかるのですが、頑張って治療して回復させた猫は何頭もいます(他院であきらめられた遠くからの転院症例が多いです)。
通院治療について
インスリンを1種類選択し、家での注射を行います。血糖値はすぐには安定しません。少なめの量から開始し、血糖値をモニターしながら徐々に量を増やしていきます。当院では、最初は5日〜1週間毎くらいに来院してもらっています。
インスリンの選択について
インスリンの効き方は個体差が非常に大きいです。インスリンの種類と量を試行錯誤して決めていきます。猫では「ランタス」「プロジンク」「トレシーバ」「レベミル」のうちのどれかを使用します。選択したインスリンで丁度よく効いてくれればよいのですが、安定しない場合は別のものに変更して再度調整していきます。
個人的かつ勝手な印象は以下のようなものです。
・ランタス:安定した血糖曲線になるが、作用が緩やかすぎる場合あり・プロジンク:安定した血糖曲線になるが、作用時間が短すぎる場合あり
・トレシーバ:ランタスと同程度またはやや長い作用時間だが、血糖曲線はなんか安定しない
・レベミル:作用の強さおよび作用時間が猫によって全然違って予測不能だが、一部の猫では上手くいく
個人的には、まずはランタスを使うことが多いです。ランタスで作用時間が長ければプロジンクまたはレベミルに変更、短ければトレシーバに変更、といった選び方をしております。これは各獣医師の好みによって異なると思います。インスリンの相性が合わない場合は全然上手くいきませんので、1つの製品にこだわらないほうがよいでしょう。どの製品を選んでも安定しないという猫もたまにいて、なかなか難しい場合もあります。
血糖値のモニターについて
血糖値は主に以下のいずれかの方法によってモニターします。
・血糖値が一番低そうな時間帯に来院してもらって測定する・過去2週間の血糖値を反映する数値(糖化アルブミン、フルクトサミンなど)を測定する
・半日入院し、数時間毎に血糖値を測定して血糖曲線を作る
・FreeStyleリブレ(フリースタイルリブレ)という機器を使って測定する
当院では、血糖値が低そうな時間(注射の6時間後)に来院してもらって血糖値と糖化アルブミンを測定することが多いです。この方法は簡単ではありますが、何時間後が最低値なのか、何時間効き続けているのか、などの情報がわかりませんので最善の方法ではありません。ただ、血糖値と糖化アルブミンの数値が安定しているのであればこれでも問題ないと考えております。
飼い主さんとの相談しだいで「FreeStyleリブレ」という機器を使う場合も多いです。最初にインスリンの種類を決定する際は、だいたいこの機器を使っております。
FreeStyleリブレ(フリースタイルリブレ)について
FreeStyleリブレは、2週間にわたって血糖値(厳密には血糖値ではなく細胞間質液の糖濃度ですが、以下血糖値ということにしておきます)を連続的に測定できる機器です。センサーを皮膚に貼り付けると、リーダー(スマホでも可能)をかざしてスキャンするだけで血糖曲線がわかります。2週間使えますので、1日毎にインスリンの種類や量を変えて試行錯誤することができます。
これを使うと、病院に来院する必要もなく、採血する必要もなく、家にいる時の血糖値の推移が簡単にわかります。本当に便利な機器です。
問題点としては「価格が高い」「センサーがズレたりはがれたりすると使えなくなる」などが挙げられます。体をよく舐める猫だと難しいですが、服を着せればだいたいなんとかなります。
当院では、「センサー装着+リーダー貸出+服貸出+2週間の指導(メール)」を16500円で行っております。
食事について
食事に関しては糖尿病用の療法食が望ましいです。ただし、好んで食べないのであればふつうのフードでかまいません。日によって食べたり食べなかったりすると血糖値が変動しますので、安定して食べることが最も重要であると言えます。価格も高いので個人的には積極的にはお勧めしておりませんが、血糖コントロールが安定しない猫で療法食を好んで食べるのであれば変更をお勧めしております。
なお、他の病気(腎臓病など)を併発している場合は、その病気に対する食事療法を優先したほうがよいでしょう。
糖尿病の寛解について
糖尿病の治療を始めて数週間~数ヶ月後に、膵臓機能が回復して糖尿病が治る場合があります。自然に治るわけではなく、治療は必須です。また、治るかどうか予測はできません。一旦治った後に再発することもよくあります。
当院においては、猫の糖尿病が治る確率は2~3割くらいかと思います。治って数ヶ月〜数年後に再発する猫が多いですが、再発していない猫もいます。
糖尿病の寛解は予測できないのが難しいところです。治る過程で低血糖になってきますので、猫の様子や検査結果から早めに気付いてインスリン量を減らしていく必要があります。
個人的には、「糖化アルブミンが低いのでインスリン量を徐々に減らしていったが、かなり減らした時点でまた高血糖になった」といった事例も経験しております。完全にやめられる場合もありますし、少ない量で注射し続ける必要がある場合もあります。
尿試験紙について
「インスリン量を減らしている途中で高血糖になっていないかどうか」「寛解してから再発していないかどうか」などを判断するには、尿中に糖が出ているかどうかを家で確認するのがよいと思います。尿が採取できれば、尿試験紙で簡単に確認することができます。
センベルゴについて
「センベルゴ」は「SGLT2阻害薬」 であり、「腎臓における糖の再吸収を阻害して尿中に糖を大量排泄させて血糖値を下げる」という作用機序の薬です。
センベルゴを飲ませると血糖値は下がります。ただし、インスリンと違って細胞内に糖が入っていくわけではなく排泄されるだけです。血糖値だけ下げても、細胞が糖を利用できない状態であれば脂肪の分解が続いてケトアシドーシスになってしまいます。ですから、「ある程度はインスリンが分泌されていて不充分ながらもある程度は効いている状態」の糖尿病において使用可能ということになります。「とりあえず血糖値だけ下げる」薬ですが、血糖値が下がれば膵臓への負荷が軽減されますので、それによってインスリン分泌が回復していく場合もあります。
インスリンの代わりにセンベルゴを使って上手くいくかどうかはやってみなければわかりませんが、「明らかに状態が悪い」「すでにケトアシドーシスになっている」などの場合は使用不可です。「血糖値は高いけど元気や食欲はある」「肥満猫で2型糖尿病の可能性が高そう」「血糖値300~400程度」などの場合は使ってみてもよいのではないかという気がいたします。
センベルゴには「注射せず飲ませるだけで済む」というメリットがありますが、「価格が高い」「飲ませるのが大変」「下痢になることが多い」「ケトアシドーシス発症のリスクがある」などのデメリットもあります。飲み薬だから楽で安全ということは全くありません。インスリン治療のほうがむしろ無難で安全です。センベルゴ使用でケトアシドーシスになったら早急に対処を行う必要がありますので、飼い主さんは家での様子を注視しなければいけませんし、ケトアシドーシスになってしまったら大変な治療も行わなければいけなくなります。飼い主さんにそういった覚悟があれば相談の上で使うということになるかと思います。
なお、当院ではいまのところセンベルゴの適応症例がおりませんので、2025年7月時点で一度も使ったことはありません。
ケトアシドーシスの治療について
ケトアシドーシスは初診時に発症している場合が多いですが、維持治療が上手くいかずに途中で発症する場合もあります。
治療するためには夜間も含めて入院管理しなければいけませんので、断る病院も多いようです。自分で受け入れ先を探せと言われて飼い主さんが当院に問い合わせて転院してくることもよくあります。自分で探せとはっきり言ってくれればよいのですが、曖昧な感じで通院治療をやると手遅れになってしまいます。1日を争いますので、ケトアシドーシスっぽいことを言われて入院は無理と言われた場合はその日のうちにとっとと転院したほうがよいです。
ケトアシドーシスは、集中治療を行えばだいたいは助かるのですが、急性腎障害や心不全などになってしまうと厳しいです。あとは、どうしようもないことではありますが、猫の性格が凶暴だと頻回の採血が難しくて治療が上手くいかないリスクはあります。
他疾患の併発について
糖尿病治療中の高齢猫で体重が減少してきたら、「治療が上手くいっていないのかな」「長期間治療しているし高齢だししょうがないのかな」とか考えるのですが、実は他疾患を併発しているというケースがたまにあります。腎臓病は血液検査で気付きやすいですが、腫瘍や甲状腺機能亢進症は見逃しやすいです。「定期的に超音波検査を行う」「体重が減少していたら甲状腺ホルモンを測定してみる」などの対策がよいかもしれません。