【コラム】入院について
今回は入院についての話です。入院で行う治療
入院すると「静脈輸液」「頻回の注射・処置」「酸素吸入」などの治療を行うことができます。通院でも「皮下輸液」「単回の注射・処置」などは行うことができますが、それで不十分な場合には入院治療が必要となります。
入院には「動物のストレス」「費用」「亡くなった場合に看取れない」などのデメリットもあります。治療効果がデメリットを上回る場合のみ入院治療を行うべきであると考えられます。
夜間無人問題
入院しても夜間は人がいない病院がほとんどです。数時間おきに見回るのは当たり前だと思われる方もいらっしゃるでしょうけれども、最近はそういう病院も減ってきています。夜間完全放置の病院のほうが多いです。
これはブラックな労働環境の是正によるものでしょう。以前は獣医師の時間外タダ働きのおかげで成り立っていたということです(今でもそのような病院は存在します)。
法律に詳しくはありませんが、見回りだけの宿直獣医師を置くと人件費は少なくとも1万円は超えるでしょうから、夜間の入院費(治療代含まず)だけでそれ以上の額になります。入院費は一般的にもっと低額ですから、つまりは夜間無人が前提の価格設定になっているということです。
無人によって生じる問題
動物は前足を曲げたりカテーテルを踏んだりしますので、夜間に点滴が止まるという事態はけっこうな確率で起こります。点滴のために入院しているのに夜間止まっていたら無意味な入院ということになります。
入院中は薬を投与する場合が多いですが、ふつうの病院の勤務時間内では最適な間隔での投与は無理です。1日2回の薬でも朝9時と夜7時とかになってしまいます。1日3回の薬はなおさら無理です。入院しているにも関わらず雑な投薬時間で治療効果が落ちることになります。
痙攣発作や尿道閉塞の動物の入院時は、無人だと重大な問題が起きる可能性があります。夜間に看られないなら入院させないほうがよいくらいでしょう。
例外的な病院
「24時間病院」「常に宿直がいる二次病院」なども存在します。診療費は高くてもいいから24時間看てほしいという方はそのような病院をご利用ください。
また、今でも昔ながらのやり方で夜間見回ったり泊まったりしている病院も存在します。これができるのは小さな個人病院の院長です(残業代が発生しないため)。大きめの病院とか企業系病院とかのほうが獣医師数が多くて看てくれそうなイメージがあるかもしれませんが、逆です。小さな個人病院で、心配性かつプライベートを重視しない院長であれば奉仕的にやっているかもしれません。
病院によって対応は様々ですし、入院費も様々です。これは一見ではわからず、命に関わる病気になった時に初めてわかります。接客態度を基準に病院を選んでいる方には想像できないことかもしれません。
以下は当院の話となります。
当院の方針
当院は不要な入院をさせない方針です。逆に言うと、私が入院を勧める場合は「入院が必要かつ助かる可能性がある」状況ということになります。動物を助けたいのであれば、私を信用して、よく考えて決めていただくのがよいと思います(信用できないなら他院に行ったほうがよいです)。
なお、不要な入院を勧める病院もありますし、必要な入院をさせてくれない病院もあります。ですから、どの病院でも信用して言うとおりにすればよいというわけではありません。個々の病院の診療方針を飼い主さん自身が理解した上で受診しないと失敗することになります。
当院の入院管理
個人的には、点滴が止まるのも嫌ですし、1日3回の投薬も時間通りに行いたいので、重篤な状態ではない場合でもだいたい泊まって看ております。
ただし、寝ずに看ているわけではありませんし、家に帰る時もあります。入院費は1日3300〜5500円程度です(ケトアシドーシスや発作重積などで寝ずに看る場合はもっと高くなります)。
夜間は私一人しかおりませんので、処置や検査など何でもできるわけではありません。24時間病院と同じようには考えないでください。多くを求める方や態度が悪い方はお断りしております。
私が泊まりがけで入院治療をしていることは、大半の方はわかっていないようです。「休診日は誰も世話に来ないんですよね?」とかよく聞かれます。「いや、来ないわけないでしょう、むしろ帰ってすらいないんだよ」と答えております。
同業者の友人達や恩師にも呆れられていますし、健康状態を心配してくださる方もいらっしゃいますが、家で寝ないというだけであって激務なわけではありません。入院治療をしながらダラダラ過ごしております。動物が好きだからやっていると思われる方もいらっしゃるようですが、それは関係ありません。私より動物好きな獣医師はたくさんいますので。放置して帰るのが不安なのと、自分が手を抜いたせいで状態が悪くなるのが嫌だからということでしょう。私は優れた技術や能力は持っておりませんので、地道な治療でなんとか治してやろうと思ってやっております。
なお、尿や便が動物の体に付くことがありますが、その都度水できれいに洗ったりはしておりません。一々洗うほうが動物の負担になると考えておりますので、拭くだけです。下痢でひどく汚れていたら洗いますし、退院時にはきれいにします。「動物への愛情がない、きれいにしていないことを他の患者に周知しろ!」とクレームをつけてきた方が過去に1名いらっしゃいましたのでここに周知しておきます。個人的にはそのあたりに重きを置いておりませんので、希望される方は24時間看護を謳っている病院をご利用ください。
また、「時間外の入院治療」と「時間外の診察」は全く異なるものです。このような記事を読んで夜診てくれるかもと勘違いして電話してくる方がいらっしゃいますが、初診の時間外診察は一切受け付けておりません(当院がかかりつけの動物は診る場合もあります)。隣駅に救急病院がありますのでそちらをご利用ください。
入院に関する注意点
ここまで、なるべく入院させないほうがよいということを書いてきましたが、入院しないと命が危ないような状況もあり得ます。例としては「重度の尿道閉塞」「重度の呼吸困難(肺水腫・肺炎)」などが挙げられます。説明しても深刻さを理解できず「とりあえず今日は連れて帰ります」と言ってくる方はけっこういらっしゃいます。「連れて帰ると死にますよ」と散々念を押しても聞かない方の場合は勝手にしてもらっております。その後亡くなっているかもしれませんし、他院に行って助かっている場合もあるでしょう。
特に、呼吸困難に関しては深刻さが伝わりにくいようです。呼吸が速くて肺炎や肺水腫と診断されて酸素室での入院を勧められたら断らないほうがよいです。夜間に人がいないとしても酸素室での入院はできます。家では何もできませんし、動物のストレス云々とか言っている場合ではありません。判断を誤るとすぐに亡くなってしまいます。「まず自分が落ち着いてそれからゆっくり考えよう」みたいな方もいらっしゃいますが、呼吸困難の場合は時間的余裕がありませんので即断が必要です。
業界全体の話
入院治療がどうあるべきかというのは難しい問題です。当院のような変わり者の病院は別として、ふつうの病院がスタッフに給与を支払いながら入院治療をするとなると診療費は今よりもさらに高くなりますし、人員的に対応できる病院も限定されます。無給労働が許されないという前提であれば、現状は夜間無人になるのも仕方ないですし、それに同意できない飼い主さんは別の病院を選ぶ必要があるということになるかと思います。
診療費に関しては、近年どんどん高くなってきています。要因としては、「医療の高度化」「薬や機器の価格高騰」「人件費の高騰」「動物病院はもっと儲けるべきだという思想の広まり」などが挙げられます。業界全体で値上げしろというムーブも起きています。
儲けるのは悪いことではありませんが、それにしても近年は高くなりすぎているという個人的な印象は持っております。一方で、田舎には安すぎる病院も存在するようで、二極化(または三極化)している状況です。
当院の診療費は相場より少し安いようですが、それでも高いなと自分で思う時はあります。もっと安くしようとは思いませんが、なるべくお金をかけさせずに治療したいということは常に考えております。
値上げ派からすればこの考え方自体がおかしいのかもしれません。良い治療を行って正当な請求をすれば、動物は健康になり、飼い主さんは喜び、従業員の給与は上がり、医療レベルも上がり、関連業者も潤い、業界全体が活性化する、という「Win-Win」「三方よし」という思想なのだろうと思います。飼い主さんが支払えるならそれでよいのですが、高くなれば治療をあきらめる人も増えてくるでしょうから良いことばかりでもありません。アメリカの動物病院はもっと高額であるということが引き合いに出されたりしますが、アメリカでは診療費を支払えないせいで安楽死を選ぶ人も多いようです。治らない病気なら仕方ないですが、治る病気でも安楽死されており、これは日本では受け入れられないと思います。
費用負担は考えずとにかく医療レベルを上げるという考え方も正しいのでしょうけれども、個人的には費用負担と医療レベルのバランスを重視しております。わかりやすく言うと、節約のためにあえて適当に検査や治療を行っている部分もあるということです。その中で要所は外さないように常に考えながら診療しております。そのような方針に同意いただける方は当院にご来院いただければ幸いです。