【コラム】ペット保険について
よく聞かれること
「どのペット保険に入るのが良いですか?」と聞かれることは非常に多いです。飼い主さんは一言で答えられる質問だと思われているのでしょうけれども、これがきちんと説明すると長くて難しくて上手く伝わりません。お金が関わってきますので私は適当には答えないようにしております。
個人的には「ペット保険は得をしない」という考えですので、まずそのようなお話からしております。メリットもありますので全否定はしておりません。加入する場合はよく調べて納得した上で選ぶのがよいと思います(個々の保険の説明や勧誘は動物病院ではできませんのでご自身で調べてください)。
なお、現時点で病気があって治療中の方に質問された場合は、「保険に加入してもこの病気では使えないので加入しないほうがよい」とお答えすることが多いです。そうすると気分を害されて転院する方もいらっしゃいます。
ネット上には「ペット保険に入るべきかどうか」みたいな記事がたくさんありますが、だいたい保険会社が書いているようですので、中立的な記事ではないと思って読んでいただいたほうがよいでしょう。
ペット保険は基本的に損をする
ペット保険に入ると金銭的にプラスになると考えている方が意外に多いようなのですが、これは間違いです。実際にはほとんどの方はマイナスになります。「病気にならなければマイナスだけど病気になった場合はプラスになる」という考えも間違いで、よほど治療費がかからない限りはマイナスになります。よほどかかるというのは、「数十万円以上の手術を複数回」「皮膚病や心臓病などで若い頃から高価な薬を使い続ける」などの場合です。
大前提として、保険というものは民間の保険会社が儲かるように設計されていますので、期待値としては必ずマイナスになります。それでも保険に入るのは、万が一の事故が起きた時の生活破綻を回避するためです。例としては「火災保険」「自動車保険」「(場合によって)生命保険」などが挙げられます。これらの事故は起きる確率が低いため、少ない保険料でも多額の補償が可能となっています。
一方で、ペット保険は上記の保険よりも使われる頻度が圧倒的に高いです。高齢になれば当たり前のように病気になりますし、若くても生涯治療が必要な皮膚病などを発症することはよくあります。そのため、ペット保険は高い保険料の割に補償が少ないということになります。
人の保険との違い
人には公的な保険(健康保険、国民健康保険)がありますが、これはほぼ全員が加入しています。ペット保険の場合は、飼い主全員ではなく治療に熱心な一部の方のみが加入していますから、母数が少ないにも関わらず使用頻度は高いです。そうすると、やはり保険料の割に補償が少ないということになります。また、ペット保険は高所得者がたくさん払ってくれるわけでもありませんし、国庫負担や高額療養費制度などもありません。ですから、「人は保険に入っているのだから動物も入るべき」とは安直には言えないと思います。
人でも民間の医療保険がありますが、ペット保険はそれに近いものです。加入前から持病がある場合は告知義務があり、その病気の治療に関しては保険が使えません。病気になってから保険に入って補償してもらうということはできません(病気を隠して加入すると詐欺罪に問われます)。
具体的に考えてみる
5割負担で保険料月4000円の保険に加入している場合、毎月8000円の治療費を使うとトントンになります。年間では9万6000円です。しかし、毎年そんなに使うでしょうか。突発的な手術(異物誤飲、骨折、椎間板ヘルニアなど)で使うこともあるかもしれませんが、何回もはないと思います。また、手術費の補償は上限がある場合が多く、一部しか補償されないことはよくあります(80万円の手術で15万円しか補償されない、など)。
保険料は高齢になるともっと高くなりますし、病気になりやすい犬種では最初から高かったりもします。
当院では、心臓病や皮膚病で月2万円以上薬代がかかっている方もいらっしゃいますが、そのくらいになるとプラスかもしれません。頭数としては非常に少ないです。
なお、動物病院の診療費は年々上がっていますので、それに応じて保険料も今後さらに上がっていくことは間違いないでしょう。
保険に入らず貯金する?
保険には加入せず代わりにペット用に貯金をするのがベストであるという考え方があります。言うのは簡単でやるのは難しいでしょうけれども、これはおそらく正しいです。保険よりもよいと思います。
動物病院から見たペット保険
大半の動物病院はペット保険を勧めると思います。これは深く考えていないだけであり、保険会社の回し者だからではありません(ペットショップは回し者かもしれません)。
病院としては、保険に入っている方はそこそこ治療する気があるだろうと判断できますし、心理的に診療費請求をしやすいというメリットもあると思います。ただ、これは飼い主さんのメリットになるわけではなくむしろデメリットになります。保険加入しているから検査治療をガンガン勧めてやろうと思われる可能性があるということです。
また、マクロな視点で見ると、本来病院で治療に使われるはずのお金が一部保険会社に入っていることになりますので、保険の存在のせいでむしろ治療機会が少なくなっているのではないかとも考えられます。
ペット保険に加入したほうがよいかもしれない人
「積極的に治療する気がある」という方は保険加入もよいと思います。基本的にはそこが一番重要です。「積極的に治療する気はないけどいざという時のために」というお考えの方は、加入してもあまり使わないでしょうからやめたほうがよいでしょう(あるいは手術のみで使える保険に加入)。「お金に余裕がないから加入したい」という方もいらっしゃるかもしれませんが、その場合は前述した貯金のほうがよいと思われます。
動物は高齢になるほど病気になりやすいですが、「歳だから治療しない」「麻酔はかわいそうだから治療しない」「癌になったとしても治療しない」「自然にまかせたい」というお考えであれば、はっきり言って保険に入っても損をするだけです。
ペット保険には「安心感」というメリットもあります。保険加入で安心できるという方はお金の損得を考えすぎずに加入するのもよいかもしれません。ただ、掛け捨てでお金が消えていくイライラってものもあると思いますので、心が安定するかどうかは人それぞれの価値観しだいという気がいたします。
あとは、診療費が高い病院に通う場合は相対的に補償額が大きくなり、安い病院に通う場合は小さくなります。高い病院に通いたい方は保険加入は得になるかもしれません。ちなみに当院は高くはないほうだと思います。
ここからは、保険に加入する場合についての話です。
保険の選び方
「治療全般で使える保険」「手術のみで使える保険」などいろいろありますが、それぞれメリットとデメリットがありますので、保険料や補償内容を吟味してから加入することをお勧めします。「吟味してから加入する」あるいは「腹を決めて加入しない決断をする」の二択です。
「手術のみで使える保険」は使う機会は少ないですが、保険料が安い割に補償上限額は高く、前述した突発的な手術に対応できるという点で悪くはありません。保険の本来の目的にも合致しているような気はします。
具体的な話としては、皮膚病になりやすい犬種では「治療全般で使える保険」、椎間板ヘルニアになりやすい犬種では「手術のみで使える保険」、などのように考えて選ぶのもよいと思います。ただ、犬種毎の発病傾向に沿って保険料も決められているでしょうから、その分保険料は割高になっているかもしれません。
窓口精算可能かどうかを重視する方もいらっしゃるようですが、それよりも保険の中身を重視したほうがよいと思います。同様に、動物病院を選ぶ際も窓口精算可能かどうかよりも病院の方針や実力を重視したほうがよいと思います。
どこの会社がお勧めなのかということに関してはよくわかりません。保険料のうち何割を支払いにあてて何割を会社の取り分とするか(つまり付加保険料の割合)は各社の自由となっているようで、公表もされておりません。ですから、どの会社の保険が割が良いかは判断しかねるということになります(一応金融庁の監査があるのでぼったくり割合にはなっていないはずであると詳しい知人は言っておりました)。
保険を選ぶ際に確認すべきこと
・補償対象外の疾患約款に書いてありますので必ず確認するべきです。「歯周病治療が対象かどうか」などはけっこう重要です。歯周病になりやすい犬種となりにくい犬種がいますし、飼い主さんの中でも治療する方と放置する方で様々です。「歯の治療は麻酔が嫌だしお金もかかるしけっこうです」というお考えであれば歯周病治療対象外の保険を選んだほうがよいでしょう。その分保険料が安くなります。
・慢性疾患で使えるかどうか
慢性疾患の治療で保険を使い続けていると、「来年からはこの病気では使えません」と通告される場合があります。
・契約更新を拒否する会社かどうか
同様に、慢性疾患の治療で保険を使い続けていると契約更新を拒否される場合があります。通告書を見たことがありますが、「あなたにはこれまで多く支払ってきたしこれからも必要そうだから契約更新はしない」といった文面でした。1年毎の契約なので更新拒否は違法ではないのですが、飼い主さんに落ち度はないのにひどい扱いだなと思います。
契約更新を拒否しない会社も多数ありますので、必ず確認したほうがよいでしょう。ただし、おそらくどの会社の約款にも更新拒否の可能性は書かれていると思います。「請求額が多いという理由だけで更新拒否や疾患除外をする会社なのかどうか」を会社に直接聞く、経験談が書かれたブログなどを参考にする、などがよいと思います。
・マイナーな保険はお勧めしない
一々難癖をつけて保険金を支払わない会社もあります。安い保険には理由がありますので、安くてマイナーな保険はお勧めしません。
保険に加入する際の飼い主側の問題
保険加入前にすでに病気が発覚している場合は申告する義務があります。軽く考えて申告しない方が非常に多いようですが、詐欺罪に問われますので絶対にやってはいけません。
特に、保険を他社に乗り替える際に申告しない方が多いようです。外耳炎や皮膚炎なども申告する必要があります。そうするとその病気に関しては保険が使えません。つまり、すでに保険に入っていて、軽かったとしても病気の治療を行った経歴があるのであれば、乗り替えずにそのまま加入し続けたほうがよいということが言えます。年齢が上がって保険料が高くなったから乗り替えるという方が多いですが、先々までよく考えてから加入するようにしてください。
保険適用外の治療が多いという問題
「予防」「避妊去勢」「健康診断」などの際に保険が使えないのはよく知られていますが、病気の治療の際にも保険が使えないケースがあります。
例えば、検査、注射、薬などは保険適用ですが、療法食、サプリメント、薬用シャンプーなどは保険適用外です。
近年、高品質なサプリメントや療法食が使用可能となっておりますが、保険適用外かつ価格が高いという問題があります。保険に加入している場合は、保険適用の薬を使うか、適用外のサプリメントを使うか、など余計なところで悩むことになります。飼い主さんの多くは保険適用外でもより良い治療のほうを希望されるため、大抵サプリメントを使うことになります。
以下、治療が保険適用か否かを病気別にざっと記載しておきます。
・心臓病
治療のメインは内服薬なので、概ね保険適用です。
・皮膚病
内服薬、外用薬、病院での薬浴などは保険適用です。療法食、サプリメント、薬用シャンプー(販売)などは適用外です。病気によりますが、適用部分のほうが大きいと思われます。
・消化器病
内服薬は保険適用、療法食とサプリメント(整腸剤など)は適用外です。近年、適用外部分の割合が大きくなっています。
・腎臓病
検査、輸液、内服薬は保険適用です。療法食、サプリメントは適用外です。適用外部分の割合はそこそこ大きいと言えます。通院の皮下輸液は適用ですが、年間の使用回数制限があると使いづらいという問題もあります。
・腫瘍
概ね保険適用です。
まとめ
・治療に積極的でない方は加入する価値なし・治療に積極的な方は加入を検討してもよいが、基本的にはマイナスになる可能性が高い
・「ペット保険に加入するのは当たり前」みたいな風潮は疑問
・保険に入るよりも自主的に貯金したほうがよい
・加入するなら病気になる前の若いうちに
・病気が発覚したら加入はあきらめる
・基本的には一度加入したら他社には乗り替えない
・保険に加入したからにはしっかり治療する
・腎臓病や消化器病などでは意外に保険が使えない