【病気解説】犬の僧帽弁閉鎖不全症
僧帽弁閉鎖不全症とは
僧帽弁閉鎖不全症は犬で最もよくみられる心臓病です。簡単に書くと以下のような病態となります。
僧帽弁が変性して血液が逆流→代償的に心臓が大きくなる→さらに進行して肺水腫へ
診断について
聴診、X線検査、超音波検査、血液検査などを行って診断していきます。
・聴診僧帽弁閉鎖不全症が進行すると必ず心雑音が生じます。また、心雑音の大きさと重症度は概ね相関します。
心雑音が小さければ軽症ですので検査は必要ありません。心雑音が大きければ以下に挙げるような検査を行って重症度を判断していきます。
・X線検査
X線検査でわかることは「心臓の大きさ」「肺水腫の有無」「呼吸器疾患(気管・気管支・肺)の有無」などです。
個人的にはX線はあまり頻繁には撮影しておりません。僧帽弁閉鎖不全症だけでなく呼吸器疾患も疑われるような場合には撮影しております。また、先に超音波検査で肺を確認し、異常が見つかればX線検査を追加で行うこともあります。
・超音波検査
超音波検査では、心臓の大きさだけでなく「内部構造」「動き」「血流」などを確認します。また、肺の状態も確認します。
肺の超音波検査は非常に有用です。肺水腫も容易に検出できますので、最近はX線よりも超音波検査を先に行うようにしております。
・血液検査
血液検査では主に腎機能と電解質を測定します。特に、「腎臓病を併発している」「重症の僧帽弁閉鎖不全症があって利尿薬を使っている」などの場合に血液検査が重要となります。
心臓のバイオマーカー(ANP、NT-proBNPなど)もありますが、個人的には犬では測定しておりません。
治療について
僧帽弁閉鎖不全症の治療法は「投薬」または「手術」です。一般的には投薬治療が選択されます。当院では手術の説明も一応はしておりますが、手術を希望された方は今まで一人もいらっしゃいません。手術は強要はしませんが、完治させることも可能ですので、偏見なく考えていただくとよいかとは思います。
以下は投薬治療について記述します。
投薬治療について
投薬治療を簡単に書くと以下のようになります。
・初期は治療しない・ある程度進行して心臓が大きくなってきたらピモベンダンを使用
・さらに進行して肺水腫が生じるような段階になったら利尿薬(トラセミド)を追加
・その他にスピロノラクトン、ACE阻害薬、アムロジピンなどを追加する場合もあり
投薬で治るわけではありませんので、基本的に生涯ずっと続けることになります(例外あり)。
病院や獣医師による違い
使う薬の種類や用量は獣医師によって異なります。循環器認定医の先生方の中でもだいぶ異なるようです。
・ピモベンダンの用量についてピモベンダン(商品名としてはベトメディン、DSピモハート、ピモベハートなど)は0.25mg/kg1日2回が基本ですが、重症になったら増量していくのが一般的です(賛否あり)。1mg/kg以上で使う獣医師もいるようですが、どこまで増量すればよいのかはよくわかりません。個人的には0.7mg/kgくらいまでにしております。
・フロセミドとトラセミドのどちらを使用するか
慢性期の治療においては、フロセミドよりもトラセミドの方が絶対的に優れています。以前は人用の薬しか存在せず用量の調整が困難だったのですが、数年前に動物薬が発売されて小型犬でも使いやすくなりました。今後はトラセミド一択になると思われます。
・その他の薬について
スピロノラクトン、ACE阻害薬、アムロジピンなどを使うかどうかは、個々の犬の状況(腎機能、血圧、投薬の手間、費用など)や、獣医師の好みによります。個人的には、重症例ではなるべくスピロノラクトンとACE阻害薬を追加するようにしておりますし、咳が多い場合にはACE阻害薬をもっと早めに追加したりもしております。アムロジピンを使うこともあります。
費用について
ピモベンダンは高価な薬ですが、治療において必須なので使わざるを得ません。ただ、規定量よりも増量するかどうかに関しては相談の上で決めてもよいかと思います。ピモベンダンを増量しない場合は、代わりに他の薬を追加または増量することになります。
ACE阻害薬もやや高価ですが、これは必須ではありませんので、様々な理由で使用できない場合はピモベンダンとトラセミドのみで続けていくことも可能ではあります。
肺水腫の治療について
僧帽弁閉鎖不全症の犬が「呼吸が速くて苦しそう」「舌の色が紫」などの状態になっていたら肺水腫の可能性が高いです。緊急で動物病院を受診してください(夜中でも)。
肺水腫に対しては、入院下で以下のような治療を行います。
・酸素吸入・フロセミドの注射
・ピモベンダンの注射または内服
・必要に応じて、ドブタミンまたはカルペリチドの点滴
状態が改善してきたら退院し、家での投薬治療に移行します。
肺水腫は「腱索断裂」によって突然生じることがよくあります。こうなったら助からないのかというと、そういうわけではありません。投薬や酸素吸入で危機を乗り越えれば、その後状態は改善していきます。
投薬治療時の注意点
投薬は絶対に中止してはいけません。特にピモベンダンを急に中止すると心機能が一気に低下して危険な状態となります。薬をもらいにいけず飲ませなかったせいで急変した事例には何度も遭遇しております。急用や自分の体調不良などで動物病院に行けなくなることもあるでしょうから、ギリギリではなく余裕を持って薬をもらいにいくようにしてください。
早期発見について
僧帽弁閉鎖不全症は、基本的には高齢の小型犬においてよくみられます。早期に見つけるためには「定期的な聴診」「症状に早く気付くこと」などが重要となります。
・聴診について聴診は動物病院での診察時に行います。当院では、予防など他の用件で来院した際にも必ず体重測定と聴診は行うようにしております。
聴診で心雑音が聴取された場合、軽度であれば経過を追っていきます。重度であれば、症状の有無などと併せて検査や治療の必要性を判断します。
・症状について
僧帽弁閉鎖不全症の初期は無症状です。進行していくと「運動不耐性(息切れ、走らなくなる、など)」「咳」「呼吸困難」の順で症状が出るとされています。
ただし、運動不耐性は注意深く観察しないとわかりにくいです。咳はわかりやすいですが、心臓ではなく呼吸器疾患が原因の場合もあります。
呼吸困難は危険な状態ですから、運動不耐性や咳の段階で動物病院を受診していただくことが望ましいです。
これらを踏まえ、早期発見のためには以下のような方法がよいのではないかと思われます。
・半年に1回くらいは動物病院を受診・「すでに心雑音を指摘されている」「指摘されていないが高齢である」などの場合は症状(特に咳)に注意し、症状が出てくるようであれば早めに動物病院を受診
食事について
僧帽弁閉鎖不全症の犬に対して塩分制限をするかどうかという点に関しては、個人的には、ふつうのドッグフードを与えて塩分の多いおやつを与えなければそれでよいのではないかと思っております。
問題となるのは尿石用療法食(特にユリナリーS/O)を与えている場合です。ユリナリーS/Oは他のフードと比べて塩分が3倍程度入っていますので、僧帽弁閉鎖不全症がある程度進行している場合はこのフードだけはやめたほうがよいでしょう。
心臓病用の療法食もありますが、治療の主体は投薬であり、療法食は必須とまでは言えません。犬が好んで食べて費用的な問題もないのであれば選択肢に入れるということでよいのではないかと思っております。
進行しないタイプの僧帽弁閉鎖不全症
犬の僧帽弁閉鎖不全症は、病気が進行するタイプと進行しないタイプがあります。どちらなのかを予測するのは難しいようです。
無治療でも心臓が大きくなってこなければそのまま経過観察でかまいません。「心臓が大きくて治療しているけど3年以上全く進行していない」「逆流が減って心臓も小さくなってきた」といったような事例がたまにありますが、その場合は相談の上で薬を減らしてみてもよいかもしれません。
腱索断裂によって肺水腫になった犬で、その後に良化してほぼ正常な心臓に戻るという事例もたまにあります。これも予測はできませんので、聴診や超音波検査を定期的に行っていき、良化していたら徐々に薬を減らしていくという方針がよいのではないかと思います。
咳について
僧帽弁閉鎖不全症によって心臓が大きくなると、気管支を圧迫して咳の症状が出ます。ただ、心臓だけでなく気管支疾患(気管支軟化症など)の併発によって咳の症状が強めに出ている場合もあります。そのような場合は気管支拡張薬を使ってみたりしますが、奏効するとは限りません。治療はなかなか難しいです。
重症例の治療について
僧帽弁閉鎖不全症の重症例では、ピモベンダンや利尿薬を増量していきます。「利尿薬の副作用による高窒素血症」「肺高血圧症の合併」などが生じた場合はそれらにも適宜対処していきます。
当院での診察について
当院では1〜2ヶ月毎に薬を処方します。犬を連れてきていれば超音波をざっと見ます。状態が安定していて念のために見る場合はだいたい無料です。安定しておらず薬の変更を考慮する状態であれば550円くらいかかります。
状態が安定している場合は診察料も請求しておりません。「連れていくと診察料をとられるから連れていかない」みたいなことにならないようにしております。興奮して血圧が上がりそうな犬(あまりいませんが)でなければなるべく毎回連れてきてください。