【コラム】ステロイドについて
今回は、病気の治療でよく使われるステロイドについてまとめました。ステロイドの作用
ステロイドの主な作用は「抗炎症」「免疫抑制」です。一部の腫瘍に対しては「抗腫瘍効果」もあります。
・使用する病気の例アトピー性皮膚炎、外耳炎、腸炎、免疫介在性溶血性貧血、多発性関節炎、脳炎、脳腫瘍、リンパ腫、肥満細胞腫など
ステロイドの副作用
ステロイドの主な副作用は「多飲多尿」「多食」「免疫力低下」「皮膚や筋肉の菲薄化」「肝腫大」「糖尿病」「血栓症」「高血圧」「心臓病の増悪」などです。
副作用の強さは動物種によって異なります。一般的には「人>>犬>猫」です。人と犬猫ではだいぶ異なりますから、同じように考えてはいけません。
猫はステロイドに強いとされていますが、「糖尿病」「心臓病の増悪」などの重大な副作用が生じる可能性があります。どちらかといえば犬よりも注意する必要があると思っております。
副作用は怖い
ステロイドに副作用があることは獣医師は当然認識しております。それでも使うのは、副作用よりも治療効果が勝ると判断しているからです。私も毎日のように処方しております。
とはいえ、やはり副作用は怖いです。私のような町医者は副作用を怖れて低用量で使う傾向があり(特に猫)、各科の専門医の方からもっと高用量で使えと注意されるような立場です。特に、皮膚科の専門医の方々は「高用量で使え、低用量で使うから効かないんだ」とよく仰っています。それはその通りなのでしょう。
高用量で使わない理由をまわりくどく述べますと、「ステロイドを使わないと死ぬ病気に対しては副作用覚悟で使うけど、ステロイドを使わなくても死なない病気に対してはそこまでの覚悟がない」ということかと思います。具体的には、「溶血性貧血の治療で副作用出てもしょうがないけどアトピー性皮膚炎の治療で副作用出るのは嫌だな」といった感じです。
過去15年間の個人的な副作用経験としては、糖尿病が2頭、血栓症が1頭いました。どれもしょうがない状況だったと思います。各獣医師の性格、立場、副作用経験などによって考え方も異なってくるでしょうけれども、私は副作用を出したくないので良くも悪くも推奨量より少なめで使っております。
ステロイドの短期使用と長期使用
ステロイドの短期使用は、犬ではほぼ問題は生じません。一方で、猫では短期でも糖尿病や心臓病発症のリスクがあります。特に心臓病が怖いですから、当院では投与前後に心臓超音波をざっと見る場合もあります。
ステロイドの長期使用は、犬猫ともにリスクがあります。なるべく減量したり、他の薬に切り替えたりといったことが必要となってきます。
ステロイドの代替薬
ステロイドの代替薬としては主に「シクロスポリン」という免疫抑制剤を使います。
ステロイドとシクロスポリンを比較すると以下のようになります。
・ステロイド→即効性、安価、強い副作用・シクロスポリン→遅効性、高価、弱い副作用
シクロスポリンは長期的な副作用はステロイドよりも小さいですが、短期的な副作用(下痢や嘔吐)はステロイドよりも高頻度でみられます。一般的には、最初はステロイドを使い、減量できない場合にシクロスポリンへの切り替えを検討します。
ステロイドとシクロスポリンは全く同じ作用というわけではありませんので、病気によってはシクロスポリンは使えません。また、シクロスポリンは論文報告が少ないため、エビデンスの面からはステロイドのほうが使いやすいと言えます。
なお、ステロイドが最も使用されている病気と思われる「犬アトピー性皮膚炎」では他の代替薬(アポキル、サイトポイント)も使用可能です。これらの薬はよく効き副作用も皆無ですが、やはり高額であることがネックとなります。ステロイドは効果や費用の面で優れているため今でもよく使われています。
病気の診断とステロイド使用
ステロイドをなるべく使わないためには、「代替薬をメインに使う」「診断を確定して本当に必要な時だけ使う」などの対策がよいでしょう。
ただし、診断確定はそう簡単ではありません。症状で診断する病気(アトピー性皮膚炎、外耳炎など)は別として、大部分の病気では精密検査が必要となります。具体的には「MRI(脳疾患)」「内視鏡(腸疾患)」「気管支鏡(肺・気管支疾患)」「生検(腫瘍・炎症)」などです。これらの検査には麻酔や費用などのハードルがありますので、実施するかどうかは動物の状態および飼い主さんの価値観しだいとなります。
検査を行った上での治療が望ましいことは間違いありませんが、検査を省いてステロイドを試験的に使ってみるという方法を選択する場合もあります。
ステロイドの試験的治療
実際のところ、飼い主さんの8割は精密検査を希望されません(平井動物病院調べ)。検査しない場合には、「診断がついていないので治療しない」あるいは「仮診断の下に試験的治療を行う」のどちらかを選択することになります。
飼い主さんが検査を希望していても、私が必要性を感じず試験的治療をお勧めする場合もあります。具体的には「検査してもしなくても治療法が変わらない」「診断がついても効果的な治療法がなさそう」「診断確定のメリットよりも麻酔のリスクのほうが大きい」「結局ステロイドが効くかどうかという話なので検査よりも投薬の反応で判断するほうが簡単そう」などの場合です。
例として、慢性腸炎について考えてみます。慢性腸炎の診断には内視鏡生検が必要ですが、これはステロイドが効きそうかどうかを知るために行うようなものですから、試験的に投薬して反応をみる方法はむしろ合理的かもしれません。ただし、以下のような問題が生じる可能性があります。
・稀に炎症ではなく腫瘍の場合がある→事前に超音波検査で腫瘤(しこり)が無いことを確認し、腫瘍よりも炎症の可能性が高いと判断した上でステロイド治療を開始するのですが、稀に腫瘤を形成しない腫瘍が存在する場合があります(一部のリンパ腫など)。これは生検しないと診断できません。
・ステロイドは様々な病気に効くため、何の病気だったのかわからなくなる
→ステロイドは腸炎、胆管炎、膵炎、アジソン病、リンパ腫など様々な病気に効きますので、仮診断と違っていても改善する可能性があります。病気によって予後やその後の対応(薬を続けるか止めるかなど)が変わりますので、診断を決めつけずに様々な可能性を考える必要があります。
判断基準としては、「リンパ腫でも最大限の治療をしたい」とお考えになる方は精密検査を行うのがよいでしょうし、「リンパ腫だったらしょうがないし諦める」とお考えになる方は試験的治療でよいでしょう。また、「ステロイドは本当に必要な時しか使いたくない」「仮診断で治療して結果的に誤診だったら許さん」とお考えになる方は、必ず精密検査が必要となります。
なお、超音波検査で最初から腸の腫瘍が疑われる場合は「針吸引生検」をお勧めしております。検査なしでステロイドを使ってみてもいいかなと思うのは炎症(または低悪性度リンパ腫)が第一に疑われる場合のみです。
私はどちらかといえば積極治療派ではありませんので、悪性腫瘍が疑われる場合に精密検査や治療を勧めるかどうかはケースバイケースです。悪性腫瘍といっても一括りにはできず、「治療効果が期待できる腫瘍(猫のリンパ腫など)」「期待はできるけど治療自体が大変な腫瘍(脳腫瘍など)」「ほとんど期待できない腫瘍(白血病など)」といった具合で様々です。基本的には、ある程度まで検査を行って病気を推測した上で、その先どうするかを飼い主さんと相談して決めております。
何もやらないよりはやってみるべき
「このままではどうみても亡くなってしまいそうだけどステロイドなら効くかもしれない」という状況でステロイドの試験的治療を勧めることがあるのですが、「副作用が〜、動物の負担が〜」と言って何も希望されない方はけっこういらっしゃいます。個人的には、「何もしなければ亡くなりそうな状況で気にしなければいけないほどの副作用や負担はステロイドにはない」と考えております。やらないよりはやってみたほうがよいです。魔法のように効く場合があります。
特に、食べずに吐いていて膵炎・腸炎・低悪性度リンパ腫などが疑われる猫ではステロイドが効く可能性が高いです。内視鏡や試験開腹までは強要しませんが、ステロイドの試験的治療くらいはやってみていただきたいところです。
なお、私は「元気や食欲を出すため」などの目的でステロイドを使うことはありません。診断が確定していない場合でも病気を想定し、効きそうかどうかを考えた上で使っております。また、使ってみて効かない場合はすぐに中止しますし、効いた場合も投与量を減らしていくようにしております。
ステロイド忌避
「ステロイドは使いたくない」と言って聞く耳を持たない方はけっこういらっしゃいます。そのような方を説得するのは困難です。私は2回くらいは説明しますが、それで拒否されればあきらめます。無理して使うとトラブルになりますので、同意が得られなければ使いません。
「効きそうな薬はステロイドしかない」という状況はよくあるのですが、飼い主さんが使いたくなければしょうがないですし、それで亡くなってもしょうがないと思っております。強制されないから使わなくても大丈夫というわけではありません。
「なんとなく怖いから使いたくない」「自分や知人がステロイド治療を行って副作用があったから使いたくない」などの気持ちはわかりますが、既に述べたように人と動物では副作用の度合いが異なりますので、同じようには考えないほうがよいでしょう。助けられるものも助けられなくなります。
なお、ステロイドを忌避される方はだいたい麻酔も免疫抑制剤も忌避されます。それで検査も治療もできないというケースはよくあります。
炎症とステロイドと抗菌薬
炎症の原因は、大雑把に「感染」「免疫異常」「腫瘍」などに分けられます。
基本的には「感染→抗菌薬など」「免疫異常→ステロイドや免疫抑制剤」「腫瘍→手術や抗癌剤」といった感じで治療を行います。感染や腫瘍に起因する炎症であれば、ステロイドは原則的には使いません(使う場合もあります)。
実際には、「炎症はありそうだけど感染に起因するものなのかどうかわからない」といった微妙な状況に遭遇することがよくあります。そのような場合にどうするかが難しいところです。
「炎症がありそうな場合はとりあえず抗菌薬を使う」というのが獣医業界では一般的です。これはおそらく「感染を見逃して悪化したら取り返しがつかない」「もし感染がなかったとしても抗菌薬使用で重大な問題が起きる可能性は低い」などが理由と思われます。抗菌薬としては、以前はバイトリル、今はコンべニアがよく使われているようです。
抗菌薬は無難ではあるものの、適当に使ってみて奏効する事例は経験上皆無です。私は「なんとなく炎症がありそう」という理由で抗菌薬を使うことはありません(元気がない、体温が高い、など)。昔は使っていましたが、使っても意味はないし使わなくても困らないということがわかりました。
近年は耐性菌の問題が大きく、私は抗菌薬を極力使わないようにしているのですが、他の病院はいまだにガンガン使っているようです(特にコンべニア)。個人的な印象としては、「とりあえずの無難な治療として余計な抗菌薬を使っている」ような気がしております。「白血球数や炎症の値(CRP、SAA)が高ければ必ず抗菌薬を使わなければいけない」と本気で考えている獣医師もいるでしょうし、「抗菌薬を使えば飼い主様は安心する」「診断できないけど何か治療しないとまずい」とかそんな理由で使っている獣医師もいるだろうと思います。必要のない時にバイトリルやコンベニアを使ってしまうと、それによって腸内細菌が耐性化して本当に必要な時に効かなくなるかもしれません。
私は抗菌薬は使いませんが、ステロイドは早めに使います。併用することはほぼありません。間違って使うと状態は悪化しますので、やはり怖いですし勇気はいります。
このあたりで失敗しないためには、病気を知っておくことが重要と思われます。例えば「細菌感染が原因となる腸炎や膵炎は稀」「猫の胆管炎は細菌感染の場合(好中球性)とそうでない場合(リンパ球性)がある」「猫は喘息が多く、細菌性肺炎は少ないがたまに気管支肺炎がある」などです。
猫の胆管炎に限っては、抗菌薬とステロイドのどちらが効くかわかりません。一般的には「まず抗菌薬を使い、効かなければ生検(腹腔鏡または開腹)」という手順が推奨されます。抗菌薬使用は否定できませんし、私も使います(本来はその前に胆嚢穿刺を行って菌を調べるべきなのですが、一次病院ではハードルが高く私はほぼやっておりません)。抗菌薬が効いていなさそうであれば次は生検ですが、実施しない場合はステロイドの試験的治療ということになるでしょう。
猫喘息を疑いながら延々と抗菌薬を使っている転院症例もよくみかけます。これは、肺炎が怖くてステロイドを使う勇気がないということなのでしょうけれども、猫喘息はステロイドを使わないと改善しません。気管支鏡検査を行わないのであれば、試験的にステロイドを使ってみて反応をみるしかないと思います。私は猫喘息と判断したら抗菌薬は使わず最初からステロイドを使ってしまいますが、それでも問題は生じないです。